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子宮蓄膿症に内科治療!?

 

こんにちは、獣医師の山中です。

今回は、一般的には外科治療されるわんちゃんの子宮蓄膿症の内科治療についてお話しします。

飼い主様が気付くきっかけとなる症状や病気の原因、検査・診断方法、治療法やその選択肢、予防法のほか、当院で実際に外科治療を受けたわんちゃんと注射薬”Alizin®”についてご紹介いたします。

 

 子宮内の細菌感染による炎症、それに伴う蓄膿により起こる病気です。陰部から排膿がある開放性と、排膿がない閉鎖性に分類されます。とくに、発情終了後に多く分泌されるホルモン(黄体ホルモン)により、子宮が細菌の侵入を防ぐ力が弱まります。併せて、体の免疫機能も低下しているため、細菌感染を起こして子宮蓄膿症を発症しやすくなります。子宮蓄膿症は避妊手術をしていない高齢の♀に多く見られ、とくに出産経験がない子や、何年も産んでいない子がかかりやすいと考えられています。

 発情が終わってから1~2か月で発症することが多く、比較的特徴的な症状としては、陰部からの排膿や、多飲・多尿(よくお水を飲んでよくおしっこをすること)、外陰部を舐める、外陰部の腫れ、といったものが見られることがあります。しかし、食欲低下、元気消失、嘔吐・下痢、発熱といった他の疾患でも見られるような症状だけ見られる場合もあります。

 問診では発情出血の有無や時期、多飲・多尿といった症状がないかを伺いますが、明らかな症状が無い場合もあります。しかし、子宮蓄膿症は治療が1日でも遅れると重篤になる危険があるので、未避妊のわんちゃんである場合には子宮蓄膿症を診断の候補に入れ、レントゲン検査や超音波検査の実施を提案することがあります。また、感染の状況や炎症の程度、治療方法の選択や緊急手術が可能かどうかを判断するために広い範囲の血液検査を実施します。

 外科治療が第一選択 

 卵巣子宮摘出術がこの疾患の治療法として第一選択となります。直接の治癒につながる治療法であり子宮蓄膿症の再発もありません。外科手術を行った場合の予後は比較的良好で、合併症のない症例では術後1日~2日で退院できるケースがほとんどです。

 しかしながら、子宮破裂や合併症が発症した場合には、外科治療をしても高い確率で亡くなってしまう可能性があります。

子宮蓄膿症患者の約20%に合併症が起き、最も一般的な合併症である腹膜炎(膿が腹腔内に漏れて引起こされた重篤な炎症反応)の発症率は12%~13%とされます。 

その他の合併症として、

 ▹尿路感染症(6%)

 ▹創部感染(3%)

 ▹ブドウ膜炎(2%)

 ▹手術の刺激に対し全身で炎症反応が起こり死に至る可能性があるSIRS(全身性炎症反応症候群)

 ▹血液中に細菌が入り込み重篤な全身感染症を引き起こす敗血症

 ▹全身にできた小さな血栓が細い血管を詰まらせるDIC(播種性血管内凝固)

 ▹発達した血管や腫れた子宮の処理が不十分で起こる出血

 ▹生体に残った子宮に再び膿がたまり嚢胞を形成する子宮断端嚢腫

などがあり、再手術や救命処置、輸血が必要になる場合もあります。

 また、どうしても繁殖を行いたい場合には適用できない治療法です。

 内科治療はやむを得ない場合の選択肢 

 注射薬を使用し、子宮にたまった膿を出させる治療法です。感染のコントロールのために抗菌薬を併用します。

 全身の状態が悪いためにすぐに手術できない場合や、どうしても繁殖させる目的がある場合に選択されます。

 従来の内科治療で使用されていたPGF製剤は副作用が強く(不安行動85%、徘徊行動85%、流涎82%、パンティング79%、嘔吐73%、腹部痛61%)、決して安易に選択できない治療法でした。また、心疾患のあるわんちゃんへの投与は心臓へ負荷がかかることにより亡くなってしまう可能性がありました。

 最近になってP4レセプター拮抗薬(アグリプリストン、製品名:Alizin®)が使用されるようになり、麻酔をかけられない症例に対する代替療法として治療の選択肢が広がりました。

 内科療法の注意点は、病気の原因である卵巣・子宮が残るので再発のリスクが存在することです。アグレプリストンと抗菌薬で内科治療を行った場合、46%~100%の割合で症状が改善するものの、3か月間で10%の症例に再発したとする報告や、6年間で48%の症例に再発したとする報告があります。また、薬が効いて排膿が始まるまで数日かかるので、閉鎖性子宮蓄膿症の場合はその間に子宮が破裂し、全身の状態が急激に悪化して亡くなる可能性もあります。

 このように、子宮蓄膿症はなるべく早く手術をして治療してあげることが基本となります。しかし、上記のように外科治療には合併症が存在するため完璧に安全といえる治療法は存在しません。

 治療後の経過 

 症状が軽く、合併症も併発していない症例であれば外科手術による完治が見込め、死亡率は3%~20%とされます。一方で、子宮破裂や合併症を起こしている場合には死亡率は高くなり、57%に及ぶとする報告もあります。

 また、未避妊期間が長いことによって、乳腺腫瘍が発生するリスクが治療後も変わらず存在しますので、お家でしこりがないか触ってあげたり、獣医師による定期的な検診が必要になります。

 今回ご紹介するわんちゃん(11歳齢、体重4kg、トイプードルとポメラニアンのMix)は閉鎖性子宮蓄膿症であり、全身状態はそれほど悪くなかったため早期の手術適応と考えられました。しかし、このわんちゃんは免疫抑制治療の最中であったことも含め、手術の侵襲による状態の急変や傷の治りにくさを憂慮し、ご家族と相談の上、まずは内科治療による排膿を行ってから外科治療に進むことになりました。

ここで注意する点は、

 ①内科治療による排膿が必ずしも順調に起こるとは限らないこと

 ②手術を遅らせることにより状態が急変した場合は緊急手術となること

 ③状態が悪化してからの手術は合併症のリスクがかえって大きくなること

これらの注意点を十分理解いただいたうえでの選択でした。

 内科治療はアグリプリストン(製品名:Alizin®)の1日目(診断当日)、2日目、8日目の皮下注射と、抗菌薬(エンロフロキサシン)の内服により実施されました。内科治療を開始して2日目には陰部からの出血を認め、3日目には出血に濁りが出始め排膿が始まった様子とともにエコー上でもわずかですが子宮が小さくなったように見受けられました。そして、5日目には子宮の明らかな狭小化と蓄膿の解消がエコー上で確認されました。(子宮壁は腫れていますが内腔の蓄膿が明らかに減少しています。)

排膿のためか体重は100g程度減少し、血液検査上で炎症の値も下がり、本人も元気や食欲が復活してきました。診断・内科治療開始から15日目に卵巣子宮摘出術を実施しました。摘出した卵巣・子宮は病理検査に提出しましたが、腫瘍といった異常は見つからず、後日抜糸し治療終了としました。

 子宮蓄膿症の最も効果的な予防方法は、避妊手術をすることです。発情前に卵巣・子宮を摘出することで、乳腺腫瘍などその他の病気の予防にもつながります。